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名古屋地方裁判所 昭和31年(タ)22号 判決 1956年10月30日

原告 青山仙吉こと鄭順童

被告 金判連

主文

原告と被告とを離婚する。

原被告間の長男景文(昭和十四年五月二十五日生)及び弐男義雄(昭和十六年四月十九日生)の親権者を原告とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求原因として、原告は昭和十一年に日本内地に渡来し、現住所に居住して昭和十三年四月被告と結婚し、法律上の夫婦となつた。原被告間には昭和十四年に長男景文が同十六年に弐男義雄が、同十九年に参男三男がそれぞれ出生した。ところが被告は昭和二十年終戦と同時に原告に対し、朝鮮慶尚南道咸陽郡水東面花山里の本籍地に単独で帰りたいと協議離婚して、右三児を原告の許に残したまゝ右本籍地に帰つて行つた。併し当時は国際国内情勢共に混乱していて法律上離婚手続を為すことが出来なく、止むなくそのまゝ放置しておいた。従つて原告はまだ被告と戸籍上夫婦となつており、昭和二十一年三月高田みさ子と結婚をしたが婚姻の届出をすることが出来ない。又子供達の将来の事を考えて資産信用等も相当出来て居るから近日日本に帰化する希望を持つているが、被告は事実上原告及び右三児を悪意で遺棄し去つたのであり且つ爾来十余年間その消息を絶つて現在その生死も分明でないから原告は被告との離婚を求め、長男(昭和十四年五月二十五日生)弐男義雄(昭和十六年四月十九日生)の親権者を原告とするため本訴に及んだ次第であると陳述し、なお原被告間の参男三男は昭和二十七年六月七日死亡したと述べた。<立証省略>

被告は本件各口頭弁論期日に出頭しない。

理由

甲第一号証(戸籍謄本)の記載に原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告が被告と昭和十三年四月頃原告の肩書現住所で婚姻し引き続き同所で同棲し、原被告間には同所で生れ育つた長男景文(昭和十四年五月二十五日生)、弐男義雄(昭和十六年四月十九日生)、参男三男の三人の子供があつたが、参男三男は昭和二十七年六月七日死亡した事実を認めることが出来る。そして甲第三号証の一乃至四(警察官の所在調査報告書及同回答書)の各記載に証人大橋稔、同小松花子、同高田みさ子の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば被告は昭和二十年終戦となつてから同年十月頃朝鮮へ単身帰国すると称して原告の許を去り、昭和二十五年四月十九日京都市右京区に転出した形跡があるのみで、爾来音信不通で何んの連絡もなく、且つ現在もその所在不明であつて三年以上生死不明の状態が続いている事実を認めることが出来る。大韓民国政府が昭和二十三年八月四日成立し、同月十五日独立の式典を行い日本国は平和条約第二条により朝鮮の独立を承認し、昭和二十七年四月二十八日同平和条約が発効したことは、原被告の国籍に異動を生ずるかどうかは別として戦前から引き続き日本に居住している朝鮮人については勿論、終戦の年である昭和二十年十月頃まで日本に居住した朝鮮人についてその身分関係を従前支配して居た日本法の適用に影響のないことは明らかである。一国の一部の独立に際し領土の分離や国籍の異動は統治権に影響するが、直に個人の社会生活を規律する身分法に変化を与えるものでないからである。いづれも当時日本法である日本民法と朝鮮種族法といづれが適用あるかは、日本が連合国の管理下に入つた為共通法の失効した現在、一の国家法と一の社会法との間の衝突規則の法理に依り解決すべきものである。朝鮮種族法では配偶者の生死が三年以上分明でないとき離婚原因がある。このことは朝鮮が日本に属した当時朝鮮民事令第十一条に則り離婚原因について日本民法に依り、同法第八百十三条第一項第九号に右離婚原因が規定され、現在の韓国民法第八百十三条第一項第九号も同一であることにより明白である。たゞ同日本民法については昭和二十二年法律第七十四号応急措置法と昭和二二年法律第二二二号民法の一部を改正する法律との改正があつたが、右離婚原因については同一である。そして右改正は前記朝鮮独立前であるから、衝突規則及び時際法上日本に引き続き居住する日本国籍外の国籍を取得していない朝鮮人については、朝鮮種族法に反しない限度において朝鮮種族法の内容として同改正法の適用があると解すべきである。従つて原被告間の前記認定事実は民法第七百七十条第一項第三号にいう配偶者の生死が三年以上明かでないときに該当するから、法例第十六条の示す法理に基き被告の夫たる原告の本訴離婚の請求は理由があるものと認め原被告間の離婚を宣告する。次に前述の法理により原被告が右離婚原因に基き裁判上離婚する場合の親権者の指定については、本件が原被告間に生れ引き続き父と共に日本に居住して居る子に対する親権者の指定であるから、前述の衝突規則及び時際法の法理上父子の属する朝鮮種族法の内容として日本法を適用し、原被告間に生まれた長男景文及び弐男義雄の親権者は、民法第八百十九条第二項によつて前記認定の事情を斟酌し、原告と定めるのが相当であると認める。そこで原告の本訴請求を相当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 越川純吉)

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